待ち時間に

時間とはかもしかのような脚が生えているものなのかもしれない

 

ホントに早いもので

11月も半ばをすぎました

 

大変なご無沙汰ですね

みなさまおかわりございませんか

 

 

 

わたしは波乱の中にいて

それがあまりにも仕組まれているような感じで

驚きと恐怖とある種の諦念感

今ここにある現実と

それでも抱く希望

そしてどこかこれを冷静にみつめる眼差し

 

そんなものが混在しているところです

 

 

 

なんのために生まれてきたのか

なにをしようとしているのか

 

 

道を辿ってきたら

ここにいた

 

 

とても自然な流れだった

 

 

不思議なものだな

 

 

でもね

生きていくのです

 

 

わたしは生きていることに

ホントに感謝した

命を持って行かなかった

その血の塊に

 

 

宇宙は常に味方でいるから

 

 

必要なことだけが

起こるから

 

 

わたしはわたしの中心で

愛でいればいい

 

 

そんなことをここで

したためて

 

 

いろんなことが起こる中で

たまたま一番最初に大変なことが

起きただけ

 

 

 

 

宇宙は終わりなき持続

ぐっと涼しい今日この頃ですね!

 

さっきテレビのニュースで

東京は8月に入って雨が降らなかった日がないんだって言ってました

 

ずーーーーっと雨

 

梅雨と均したら丁度良いのかもしれないけれど

夏を満喫したいなって思うのですよね

 

あああ

海に浮きたい!!!!!!

 

 

そんなことを思いながら新しいお仕事の立ち上げにうきゃうきゃしているところです

ばたばたしていて

ここに書きたいことがたあああくさんあるのですが

ついつい筆不精をかもしだしていますね

 

 

 

 

今回は 

とても書いておきたかった

前回のシュタイナーのクラスのことを

おくればせながらですがしたためます

 

 

 

この日のお話は

村上春樹の『騎士団長殺し』のことから始まりました

 

このお話はまさに『神智学』である

 

この瞬間の感覚

一瞬の現在である<体>

持続する知覚である

過去=記憶と未来=行為

これが<霊>

その間に立つ

<魂>

 

これをこの小説は見事にあらわしているとおっしゃっていました

 

 

はい!

再読決定です!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

そして

よく言うじゃあないですか

 

『わたしが動くと世界が変わる』って

 

どんな行為でも、それを意識してやったとき

そしてその行為が世界に伝わる時

結果

外の世界の何かが変わる

そしてその何かによって自分もかわる

 

 

たとえばそこにぽいっとゴミを捨ててしまう

すると外の世界はかわりますね

そしてその行為によって自分のなかの本当に小さなことがちょっと動くとおもうのです

 

簡単な例えですが

 

 

 

 

 

 

 

起こることに対して

自分と縁があるって思えるかどうか

 

自分の身にふりかかってきた嫌なこと不幸せなことに

その出来事は自分に縁があることと

思えるかどうか

 

 

 

 

なぜなら自分は

『全宇宙と関係がある』から

 

宇宙と自分は運命共同体だと思えるかどうか

 

 

そして

『自分のなかに宇宙がある』

と思えるかどうか

 

 

プラトンは言いました

『学ぶことは思い出すこと』だと

 

 

 

『学ぶ』という外に向けての行為は

実は

『思い出す』という内面へのアプローチ

 

 

でもその『学ぶ』とは

真剣にやってこそのこと

 

真剣に学ばないと思い出すことはできないし

真剣に行為しないと自分のなかから何かを引き出すことはできなす

 

 

そしてその『真剣に学ぶ』という行為は

結果に拘らないこと

 

真剣に必死に努力することだけに意味があるのだと

 

 

 

 

これをしたら何か得するだろうか!

って思ってやってしまうのです

どうしても

 

 

でもやることだけに意味がある

 

 

その結果を考えなくっていい

 

 

 

確かにそうとおもうのです

これは以前映像クリエイターのちあきさんが言っていたことでもあるのです

 

過去記事です

 

意味が、あった

 

 

 

そう

ただやる

 

 

新しいしごと

これがどこに結びつくかなんて考えなくていい

ただ

やる

 

 

わたしがやりたいからやる

『食は歓び』

 

そのなかにいたいからやる

 

 

 

 

 

 

 

クラスが終わった後に

これはとても大切なことだから

すぐにブログに書かなきゃ!っておもったんだけれど

なぜすぐに書かなかったかわかりました

 

 

 

明日からの新しいスタートへの自分から自分への餞けだったんだ

 

 

 

送った自分は本当の自分です

 

受け取った自分は今の自分です

 

 

本当の自分をこの世界に存在している人で例えるなら

それは高橋先生だから

 

 

 

すべてをただやる

これは仏教の考え方でもありますね

 

 

 

 

色即是空

 

空即是色

 

 

 

学ばないと思い出せない

でもそれに意味はない

 

ただその行為が必要なだけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして宇宙とわたしは

終わりない持続の中に存在している

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復習『内面への旅』

昨日めでたく一番蝉の声をききました

 

 

暑い1日でした

 

 

夏ですね!!!!

 

 

 

 

 

 

 

雨の降らない梅雨といってもちょこっとは降るわけですからして

お庭の草たちはやる気満々です

伸びます伸びます!笑

 

 

なので昨日は植物たちのお手入れをしました

伸びて倒れかかってきたマウンテンミントをしばったり

お花の咲いたレモンバームやヤロウやサマーセボリーの枝ぷりをなおしたり

ジャスミントケイソウのつるの誘導をしたり

 

 

 

 

暑かったですが

庭が秩序を取り戻しました

 

 

 

 

 

そしてそんなことを友人とメールをしていて

ふと自分が書いたこと

 

 

「畏怖の念だね

庭を大切にしていたら

スピリットが帰ってきたようにおもうんだ』

 

 

 

 

 

 

 

ここにポイントが2つありました

 

 

 

 

 

 

 

 

まずひとつめです

 

 

 

 

『スピリットが帰ってきた』

 

 

 

 

 

なぜこの表現をしたのか

今しがたわかったのですが

 

 

まだわたしが小さいころ

この庭には池があって

子供だからとても広いって思っていて

草や木がたくさん生えていて

スピリットの存在を感じていたように思うのです

そしてとてもここが好きだった

 

 

 

でもあるときからスピリットはいなくなりました

いなくなったことにも気づかなかったけど

でも庭に出ることに心がときめかなくなりました

 

 

 

 

しかしですよ

去年から始まった『魔法ハーブの庭』計画

 

 

 

 

土を掘ったり植物を植えたり

草を手入れしたり水をしっかりやったり

 

 

 

何よりもこの空間を深く強く愛するようになってきたら

 

 

スピリットたちが帰ってきたように思うのです

 

 

 

 

 

友達も

妖精いっぱい!!って言っていました

 

 

 

たくさんの蜂や蝶や虫や鳥

そして今日はちいさな蛇

 

 

なぜか生えてきたトマトとかぼちゃは花をつけました

 

 

 

ハーブたちももともとここにいた草たちも

順番に花をつけていきます

 

 

 

 

いきものの気配に満ちた世界です

 

 

 

 

 

 

 

そしてふたつめのテーマ

これがメインですかね!

 

 

 

 

 

そう

『畏怖の念』

 

 

 

 

これは以前勉強していた

シュタイナーの『内面への旅』

からのコトバです

 

 

 

 

 

 

 

タイトルにもあります『復習』です!!!!!

 

はい!

大切な4つが思い出せなかったのです。。。。。。。。(反省

 

 

 

なのでここに書いておけばまたこういうときに確認ができる!!!

ということでこの4つ

 

 

 

 

 

 

『驚き』(←コレが思いだけなかった)

『対象(宇宙叡智)との一致』

『畏怖』

『帰依』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえば

育てているレモンの幼木を見たとします

 

常識や概念を外してよくみてみると

 

 

その自由な枝振りや新芽の芳しいレモンを香り

そしてその香りをめがけて卵を産みに来る美しい蝶々

 

 

そんな普段なら気にもとめない何気ないもの

けれどその中の『美』に純粋な驚きをもちます

 

 

そしてこの木に宿る叡智に自分を一致させます

その感覚を五感すべてで味わいます

 

 

するとこの木が持つエネルギーや可能性、優しさやたくましさに

敬意や賞賛や畏れの気持ちでいっぱいになります

 

 

そして最後にこのレモンの木に帰依するのです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰依の気持ちはなにも宗教だけのものではありません

例えば海や山の圧倒的な自然の中に入った時や

心が震えるアートや舞台に出会った時

そこに圧倒的な心のふるえや至高感

畏敬の気持ちや帰依の気持ちが自然と浮かんできます

それは強制されるものではなく

自分の中からただあふれ出してくるものです

 

 

 

シュタイナーはこれを日常の生活を送りながら

霊学への認識の小径を歩くための大切な方法だと言っています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日々一瞬一瞬の中に体験と学びがある

そしてそれは霊性を高めるために必要不可欠なものである

 

 

 

 

 

できるだけ丁寧にそれらを味わうことは

 

 

今ここに生まれてきた理由のひとつ

それもとてもおおきなひとつなのかもしれないなと思う

今日この頃です

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今日もまた新しい体験をつみかさねてくるのです

 

 

 

 

 

 

 

 

オフロとゴハン

古都鎌倉から

ミナトヨコハマに職場を代えて

神奈川県の魅力にせまる今日この頃であります

 

 

山下公園っていいよね!!!

大桟橋でのんびりしたーーい!!!

 

 

そんなことを思うのですが

 

 

なぜだかこの界隈の仕事ばかり選んでいるので

ここになにか意図があるのでしょう!

 

 

それがみえてくるのがとても楽しみです

 

 

 

 

でもですね

疲れるわけですやはり!

 

 

 

 

そんなことで自分の疲れを検証していきたいと思います

 

 

 

 

やはりですね

1日立ってるというのはなかなかの足に疲労がやってきます

 

あとは人がたくさんいること

 

でもしかしみんなハッピーそうであること

 

仕事自体はとても楽しいこと

 

そしてこれが糧になるのがわかっていること

 

 

 

 

そんなネガティヴもポジティヴも抱えたカラダは疲労困憊するわけです

慣れてないのもあるしね!

 

 

 

 

疲労ってなんだろう。。。。。。。

 

(昨日からなんだろうってよく言ってるきがするが 笑)

 

 

 

要するにエネルギーの欠乏なのであります

 

 

 

ですからして

その少なくなったエネルギーを補給してやればいいわけですよね!

 

 

 

そこで今回の方舟はオフロとゴハンについてなのです

 

 

 

 

ゴハンが『エネルギー補給』だってことはわかりやすいことですよね

 

今日たべたものが明日のわたしのカラダになるわけです

 

 

 

それだけでなく今日足りなくなったエネルギーは

「今コレが食べたい!!!!」っていうのは

「コレが足りなくなっています!!!!」というカラダからのメッセージとして意識にあがってきているわけですから

できたら従ったほうがいいのではないかなって思います

 

 

 

 

 

 

ここでふと思いついたことですが

 

よくいるじゃないですか

何食べたい??

ってきくと

なんでもいいよ

っていう人

 

常日頃こういう人ってずるいな(ちょっと言い方強くすると傲慢)って思っているのですよね

だって「あなたが良いものを考えて提案してね」ってことでしょう

遠慮して「あたなにあわせるよ」っていう意味で使っているのかもしれないけど

なんでもいいよって言われた人は

その人の満足する分まで考えないといけないのでありますからね

 

しかしわたしは

なんでもいいよと言われるのがキライではないのです

自分の好きなとこを堂々選べるから!

 

 

 

あ、そんなことよりも今回の件!!!!

 

 

「なんでもいいよ」っていうときには

エネルギー不足が起きていないのかしら?っていう素朴な疑問なのでした!

 

 

 

一緒にいるということは意味があるから

だから食べたいものはお互いに話し合ってみると

実は思いついていなかったけれど必要なものが見つかるかもしれないので

人とゴハンを食べるということは

とてもよいことですね!!!!

 

 

 

 

 

 

そしてもうひとつのオフロです

 

 

 

 

なんとなく

その日の疲れや汚れを洗い落とす浄化

というイメージだったのですが

 

 

最近

オフロに浸かることは

お湯の熱エネルギーをカラダに送り込むということなのではないかと思い始めました

 

 

ですからオフロのお湯には注意を払わねばいけませんね!

心から気持ちいいと思う仕様で支度する必要がありますね!

 

 

最近は大量の粗塩と、その日に一番いいと思うアロマオイルのオフロにしています

 

 

いい匂い♡と思う香りはそのとき自分に必要な香りだから

エネルギー補給にはもってこいです!!!!

 

 

あともうひとつシャワーについて

 

 

以前より頭からシャワーを浴びているときに面白いことが閃くことがよくあったのですが

これもエネルギーのお話で理解できますね

 

 

上からのシャワーは

お湯のエネルギーとともに

勢いのエネルギーも入ってくる

 

しかも上からのアイディアがシャワーの流れを利用して入ってくる

とも言えるのではないかなと考えています

 

 

 

 

 

 

毎日のゴハンとオフロ

 

 

 

暮らしの中には

生きていくことを助けてくれることがたくさん散りばめられていますね

 

 

 

生きることは生かされること

 

 

 

生きることを推奨してくれているこの世界

 

 

 

ありがたく今日も生きていくのです!!!!!!!

 

 

 

うん、久しぶりのよい天気♡

 

 

 

素敵な月曜日を!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まるために終わること

ついに7月になりました

 

 

昨日は森戸神社の夏越の大祓えに行ってきました

お祓いとかはしてなくって

ただ茅の輪をくぐるだけなのですが

 

これで4度目です

恒例になってきました!!!

何か安心するように思います

 

 

 

そして何かがはじまりました

 

 

姿はまだみえない

 

でもそこにある

 

 

『自分で決める』

という毎日です

 

明日の仕事の行き先も内容も

どのくらい稼ぐかも

いつお休みするのかも

 

 

まったく自由です

 

 

大変好みですこのスタイル

 

 

そしていろんなところでいろんな体験をすること

いろんな人に触れること

 

そんなことが大切なようにおもいます

 

 

 

 

 

.............................................................

 

話かわって

『愛』にどんなイメージを持ちますか

『愛』ってなんですか

 

 

 

わたしはこのコトバがどうにもしっくりこなくって

 

 

 

いや

これがとても大切なことだってことはわかるのです

 

 

 

でも

なんかわからない腑に落ちない感じがずっと拭えなくって

 

 

そしたらこの前のシュタイナーのクラスで先生が

同じようなことをおっしゃいました

 

 

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

 

 

先生と同じ感覚だときゅんとするのです♡

 

 

 

先生曰く

 

『愛』は『やまとことば』ではないから

だからしっくりこないのです

 

 

 

『やまとことば』

古くは[いつから?]和歌雅語のことを意味したが、現在ではもっぱら日本語語種(単語の出自)の一つであり漢語外来語に対する日本固有語を指す。飛鳥時代頃まで大和国や大和飛鳥を中心に話されていたと思われる。

 

 wikipedia より

 

 

 

あ、ちなみにわたしは多分国粋主義的なことがはぼなくって

そっちの右的なものも

この辺りの人たちが話すような

「新しい世界は日本からはじまる」

というものもないのですが

 

 

 

しっくりこないのは

もともと日本には『愛』という感覚がなかったのだとおもっています

 

『愛』っていう単語がなかったから

 

 

でもたとえば

『いつくしむ』

とか

『めでる』

とか

『いとおしい』

はわかりますよね!

 

 

 

要するに『愛』っていうくくりの中には

いろんなものが渦巻いているわけです

 

 

 

そして先生は『愛』に

 

『かなしい』

 

を充てました

 

漢字で書くと

 

『哀しい』『悲しい』

 

ですね

 

 

あい!

 

 

 

コトバとは大変むづかしいものですね

 

 

 

 

そんなコトバもそうですが

料理にしても付き合いにしても所作にしても

 

 

とにかく

『丁寧』であることを心がける今日この頃であります

 

 

 

丁寧さは何にも勝ります

 

 

 

 

 

 

 

さてそろそろ明日にそなえて

 

 

 

 

 

 

あ、今月の満月は9日に山羊座ですって!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復活の狼煙をあげる

早いもので明日で6月が終わります

 

 

ということは

 

 

早いもので今年の半分が終わります

 

 

ということは

 

 

早いもので前回ブログを書いてから1ヶ月以上が経っています

 

 

ここに書くことがとても大切ってことはわかっているんですよね

 

 

ということで

狼煙であります!!!!!

 

 

 

いろんなことがあるのだけれど

 

ひとまず明日で2年2ヶ月していた仕事を辞める!

って書いて気づいたんだけれども

 

 

わたし!雇われてする仕事の中で

今回最長記録だ!!!!!!

 

 

祝♡やればできる

 

 

そして

 

 

祝♡雇われるのに向いていないという気づき(何度目だ!)

 

 

 

とても楽しかったのですこの仕事

仕事の内容だけ考えれば

 

 

ここで仕事をしたから

これからの道が見えたし

 

食べ物と向き合うことができるようになったって思う

 

 

ということで

先へ♡

 

 

 

投影とかヨガとか宴とかシュタイナーとか

書きたいことはたくさんたくさんなのですが

 

 

 

 

これからのわたしにとって

 

やはり『ここに書く』ということがとても大切ということ

 

 

 

髪も切ったし

明日は大祓えだし

 

 

そうそう

 

 

ていうことは

 

 

 

葉山に戻ってきて今日でまる4年!!!

 

 

 

表面的に見たら

何一つ前に進んでいないかもしれない

 

 

何かした訳でもないしね

 

 

 

でも

わたしの中身はあの頃と別人です

 

 

 

 

みかんの汁で書いた絵が

 

 

やっと熱であぶり出されて見えてきた

 

 

 

そういえば昔

 

みかんというあだ名で呼ばれていたこともあったなあ

 

 

 

そんなこんなで

 

 

ここに挙げておきましょうわたしの目標を♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叡智として生きる世界を創造する

 

 

本来の自分の姿で『Laule'a』に毎日を暮らす

 

 

Laule'a

=平和、幸福 (ハワイ語

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしはずっと叡智を求めていきてきた

 

 

 

 

 

 

 

 

粋のいいエネルギーと今日の記事の文字数が555のエンジェルナンバーなこと

明日の明け方

4時44分にふたご座の新月です

 

 

明日の夜は月に2度のお楽しみのシュタイナーなので

今日フライング新月

月の宴を開催しておりました

 

 

わたしは今の自分の味付けが大変好みでして

幸せだなと思う食卓になっているのですが

宴のときは

さらに楽しいひとときとなっています!!!

 

 

今日

夏の間におかねを稼ぐ

っていうのが来まして

日給の高いアルバイトをさがしたところ

ライブの日給のアルバイトがいちばんよいということになりました

 

 

これをもって宴に参加したところですね

なるほどという答えがきました

 

 

 

お金ってね

エネルギーなんですね

 

 

 

それだけでは何一つ

いや

ほとんど価値のないものに

みんなのエネルギーが乗っかって

必要とされ

求められ

ときにはがめつく奪い合うものになっておるわけです

 

 

 

ということは

ですよ

 

 

お金がないということは

ある意味

エネルギー切れということにもなり

 

 

貯め込むということは

溜め込む

すなわち

エネルギーの停滞ということにもなったりするわけです

 

 

ところが

稼いで使って循環させることで

 

 

よい流れに乗っかっていく

ということにもなるのだなと思いたったのです

 

今日

 

 

 

 

そしてどうせ手に入れるなら

粋のいいヤツを手に入れたいっていうところに来まして

 

 

 

夏至から

そして秋分に向けて

新しい流れにのるために

 

 

活きのいい人たちとまみれる夏を送ろう

 

 

今回はそんな新月の願いになるのでしょう