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生成と消滅の感情と睡眠のとき

つづきです。

 

『寝ているときにしている魂の清浄のプロセスを起きているときにするための方法を学ぶ』

神秘学を学ぶというのはそういうことです。

驚きから始まって、畏敬の念、帰依、そして叡智との一致を体験するということが神秘学そのものであり、

『悟り』と呼ばれる境地なのでしょう。

 

また、超感覚世界を体験するということと

芸術体験はおなじものです。

例えば音楽をきいているとき、絵を描いているとき、何かに夢中になれることと出会って縁をつけることで、驚きや畏敬の念、帰依の気持ちを自然に抱きます。

それは魂のための生きるエネルギーになります。

そしてそれは睡眠中に得ているものと同等のことです。

 

神は睡眠中には無意識という状態を与えてくれています。

シュタイナーは言います。

「お前は自分を脇へ押しやらねばならない。お前の好み、お前の誤謬、お前の弱点、偏見、お前の共感と反感など脇に押しやらねばならない。それができないなら高次の世界への参入に際して、お前の誤謬、弱点、偏見などの働きが、お前の肉体とエーテル体の中に流れ込み、その分だけ破壊的な過程が肉体とエーテル体の中に生じてしまう」

 <内面への旅>より


魂の清浄の時間に意識があると、せっかくの叡智との一致のときに、判断や自意識などが入ってきて自分の手で変容させてしまいます。

それでは魂の救済にはならないと言うのです。

睡眠中が無意識なのはそういう理由からです。

 

ひとは本当に素晴らしく出来ていますね。

こんなにたくさんのものを作り上げ、たくさんの素晴らしい芸術作品をつくりあげ、その上素晴らしい自然環境に抱かれて生かされている。

この命を支えるために、おおきなピラミッドが出来ています。

それは誰しも、この同じ時代を生きる生命が共有しているものです。

命の尊さを感じます。

 

また『永遠』はどこにあるのでしょう、という話しにもなりました。

ニーチェは持続することよりも瞬間だと言っています。

永遠は瞬間の中にある

例えば何かに夢中になって時間の中に埋没するとそこにあるのは瞬間だけです。

瞬間を分解することによって永遠になるのです

 

というのは『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』で村上春樹が言っていた事と同じです。

飛ぶ矢は止まっている、というくだりです。

この方は早いときから物語のなかに何重にもこのようなニュアンスのことを織り込んでいる作家だなと、学びが増えるたびに気づかされます。

もし村上春樹と出会わなかったら。

いいえ、求めるという事は、運命は、決まっていた事だからきっと違う手段で出会った事でしょう。

 

話しを戻します。

 

人々が求める永遠とは思念の世界にあるのでしょう。

思念とは時間を越えるのですから。そしてそれは瞬間のことです。

いまここ、ということですね。

そして『空』でもあります。

ほら、みんな繋がる。

 

有る、ということは、無くなる、ということを含んでいます。

生まれるということは、死を覚悟することを含んでいます。

死を肯定することは、生まれることを求めること。

生成と消滅は一体であり、それは叡智の世界を出会うこととなります。

生成することだけで、十分に生まれてきた意味があると高橋先生は言います。

生まれて死ぬ事が叡智との出会いだから、と。

 

命、存在の尊さですね。

『わたし』という言葉の根源は『あれ=有れ=我』です。

存在せよということと自分はイコールなのですね。

 

意識すること

判断しないこと

受け入れること

少しの意識の持ちようで世界は変わります。