読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

許されるということ

どんどん夏がはびこってきて 

きっと台風が行ったらあとからわくわくが充満するんだろうなあ

ちょうど新月明けくらいになるのだろうか

 

そうそう次の新月もこれまたパワフルなものみたいでありがたいです

ちょうど新月の時間に願いを込めることが出来るのは

もはや計らいとしか思えないのです

 

そんななか『許される』を学びました

自分のアホさ加減にほとほと嫌になって

もう人を止めようともう人との関わりを止めて静かに隠れて暮らそうって本当に思ってでもそれでも悲しくて悲しくて

全てが悲しかった

悲しいことばっかりだって思いました

失うばっかり

しかも自分のしたことで自分が100%いけないことで

 

 

でも助けがきて許されました

 

まるで冷たくて暗くて寒い海から引き上げられて

あたたかい毛布にくるまれて抱きしめられてるみたいでした

 

そこで気づきました

 

許されることは愛されることと同じくらいの喜びだということ

わたしは自分を全く許していないこと

いろんなことを許していないこと

そして許されたければ自分が自分を許す必要があること

 

 

そう愛されたければまず自分自身を愛することと同じで

許されたければまず自分を許すことなのだとわかりました

 

 

 

起きたことはそれとしてきちんと見ること

それを人のせいにせずにありのままを受け入れること

原因を考えること

反省して次にしないこと

そして謝ること

 

 

 

それと自分を責めて許さないこととは違うのだということです

 

 

 

もうひとつ

助けてくれた人がしてくれたように

自分も誰かの助けになろうと

誰かの怒りをそっと納めて許せるように促すことが出来るようになろうと

 

 

 

 

シュタイナーは『内面への旅』のなかでこういいます

 

私たちの活動は、こうして絶えず宇宙に放出され、宇宙に移されていきます。

中略

私たちの存在全体には、秘儀とも言えるような働きがあるのです。実際、人間の働きには、基本的に秘儀があって、知性では把握できません。人間の魂はこの働きを信じ、それに帰依するしかないのですが、しかしそれは真実の働きです。

人間が環境へ放射できるものは、はっきりと二つの部分に分かれ、宇宙の営みは、一方の霊聴、霊的合一、霊視の部分を頼りにし、この部分を受容し、吸収します。しかしもう一方は、吸収されずに投げ返されます。

中略

ではこの部分(投げ返されたもの)はどれほど長い間立ち止まり続けるのでしょうか。人間がやってきて、みずからの放射によってそれを根絶してしまうまでです。

それをみずから放射した人間こそが、宇宙が拒んだこの放射を根絶できるのです。

中略

宇宙は正しく思考し、美しく感じ、道徳的に善なる事柄だけを受容するのですから。

そうでないものは、すべて退けられるのです。これが秘儀なのです。

 

 

 

 

心からの感情や真善美は宇宙のエネルギーになります

そうでないものの放射については自分の思考、感情、意志(行動)にて回収する必要があるということですね

自分の行動のありのままを受け入れて判断し反省することは

だから必要なのですね

 

 

 

人はどこに行くときもどこにおいてもその人の精妙な影をあとに残すとシュタイナーは言います

自分自身が愛と許しであることが

真善美であることが

その影を行く先々でのこしていくことが

いろんなことの解決に繋がるのではないかと思っています

 

 

わたしは愛と許しである

 

 

これをこのタイミングで知ることができてよかった

 

 

サムシンググレートはわたしをとおして作用する

わたしはサムシンググレートの一部だから

それを知っているから

だからこの新月のタイミングで一番祈りたい場所に行く事ができるのだと思っています

 

 

それを許されたことをありがたいと思うのです