読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

意味が、あった

今日あった大切な尊敬する友人の話してくれたことを

 

ここにある熱いうちに

 

 

 

 

 

自分がやってやってやりつくして

それでもまだやって

もうこれ以上は本当にできないというところまで

やりつくしたとき

 

奇跡は起こる

 

 

 

 

 

本当に信じられないくらいの奇跡が起きて

もうこれは何かの存在を感じざるをえない

 

 

 

 

彼女は『使徒』だという言葉が浮かびました

 

伝えるためにえらばれたひと

 

 

でも選ばれるということは

それは並大抵のことではなくって

それこそ身も時間も労力もお金も費やして

だれもできないことをしなければならない

自分で必死に努力するしかなくって

苦しくてもつらくてもやめない

喜びも悲しみも絶望も理不尽さもすべて全力でうけとめなければならない

 

 

ひたむきにやる姿をみていたからこそ

その言葉の重さが本当に感じることができて

 

 

 

 

 

これを聞き感じることができただけでも

これを間近でみることができただけでも

 

 

意味があったと

 

 

ココロから

 

 

 

 

 

もしいつか機会があったらみてください

彼女のドキュメンタリー映画

 

 

 

『Life』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春分の後のおひつじ座の新月

いいお天気!!!!

 

今日は種蒔きの日です!!!!

全て蒔き終わりまして大変気分よしです

 

今年のハーブたちは

ネトル(西洋イラクサ

セントジョーンズワート

ニガヨモギ

ホワイトセージ

ブルーセージ

ホーリーバジル

レモンバジル

ワイルドベルガモット

モンベルガモット

レモンユーカリ

 

 

レモン系がナゼか多い!!

 

 

 

 

これから2週間くらいの芽出し時期が毎日どきどきです

 

 

今年は温室でやるので

去年よりもいい感じなのではと思っています

 

 

ちなみに去年蒔いて定植したのは

レッドヤロー

マウンテンミント

サマーセーボリー

モリンガ

ローマンカモミール

レモンバジル

ホーリーバジル

バジルたちは自家採種にも成功して今年も蒔いてとても楽しみな人たちです

レモングラスは越冬が出来ずに大変残念でした

 

 

 

一昨年まいた

コモンセージ

レモン

この人たちは

無事に育っています

 

 

 

 

 

もはや趣味の域ではないような気もする苗ポットの数ですが

 

 

魔法ハーブの庭のために!!!

レモンの森のために!!!!!

 

 

 

夢がありすぎて

これはもはや

大確幸です

 

 

 

 

 

 

そして今日の新月はおひつじ座ということで

願い事をとおもうのですが

 

 

自分の願い事がいまいちわからない今日この頃です

 

 

しかしですね昨日おもいついたことがあるのです

 

 

これはココロに聞くのがよいと!

 

 

自分の感覚と繋がってココロと話ができるようになってくることで

他の人とも繋がることができるようになるのですが

 

 

 

それを応用して

自分としっかり繋がることができるなとおもったのです

 

 

 

本当に自分なのだとおもいます

 

純粋な自分

 

それがとても大切なことなような気がします

 

 

 

まだ陽も高いのですが

なぜか眠い!!!

 

 

霊界からの招待状とおもって感覚に任せるぞ!!!

 

 

 

こんなときのアファメーション

『起きた時に顕在意識にそれを残してわたしがわかるようにしてください』

 

 

 

もはや自分の中のことです全て

 

 

 

 

『環境とは外の世界の状況のことではなく

自分の中の風景のことだ』

 

 

 

先日ココロが教えてくれたことです

 

 

 

これについて考えています

 

 

 

感覚にガチでむきあうこと

 

 

望みが 起こる タイミング

少し前に釜山に行ったとき

コーン茶ってマジうまいっておもいまして

お土産にしたのですが

マジうまい

 

コーン茶をのむ人間と

コーンを食べるモモンガが

毎日ベッドの陣取り合戦です

 

通常のベッド陣取りの場合は幅の問題ですが

シーツとモーフの間とモーフとフトンの間という

奥行きの上での争いであります

 

ある意味ファンタジー!

 

小さいけれど確かな幸せですねこれも

 

 

 

今日考えて望んでいたことが

不思議にかなうという瞬間がやってきました

 

しかも想像すらしていなかった

スムーズな状況で

 

 

 

望みは

たくさんあり

でもそれが

叶う必要があること

そうなるって

決まっていることは

 

ちゃんとそういうことが起こる

 

 

 

あまりの渡りに船だったから

心に確認しちゃったもん

 

 

行け!

やれ!

 

って言ってた 笑

 

 

うちの心ってせっかちで迷わない

 

 

 

 

叶うことは叶いますね

 

 

 

それが流れとして必要ならば

 

 

 

それを実行に移すタイミングが来る

 

 

 

耳をすませていないとわからないこともあるし

 

 

 

瞬間それとわかることもある

 

 

 

なんにしても

だいたい大丈夫ってこと

 

望みは叶う必要がきたら叶う

 

神様っているんだなー

そういう気持ちになる瞬間でした

 

 

しかし

コーン茶はうまし

 

 

 

 

エーテル体について

今日は2週間に一度の魂のご褒美のシュタイナーの講義@朝日カルチャーセンターでした

 

 

今は『神智学を読む』という授業です

テキストは

 

神智学 (ちくま学芸文庫)

神智学 (ちくま学芸文庫)

 

 

 

このクラスはもうずいぶん長いこと続いていて

参加者さんも20年越えの方がたくさんいらしゃるという

歴史ある学びの場です

講義のあと先輩たちとのみに行き

今日の講義のわからなかったところや内容について話すことも大変楽しいところです

 

 

 

 

今日はエーテル体についての講義でした

 

 

 

エーテル体という言葉にはいろんな使われ方があるということで

19世紀の量子力学がではじめた物理学でも

もてはやされた言葉でもある(先輩吉田さん談)

ということなのですが

 

 

 

シュタイナーの哲学がオカルトとされる大きな要因が

この『エーテル体』『アストラル体』という目に見えないものを扱うところと『輪廻転生』思想

これが現代の学問のどこにも当てはまらないということが

『オカルト』(隠されたもの)というくくりなわけだそうです

 

ふむ

 

 

エーテル体とはを

まだわからないのですが

今日学んだことを全部書いてみます

感覚があるうちに復習しないとわからなくなってしまうから

 

 

そしてそれによってここからなにかが見えるのではないかという期待をもって羅列します

感覚として掴めたらいいな

 

 

 

エーテルエーテル感覚エーテル力とは

 

 

 

*生命力であり生命体験

*縁が生じること

*生きようとする生きている存在しようとする力

*存在しようとして存在している自分を感じ取れること

*エーテルの世界は物質の世界という土台の上に別にあると考えること

*芸術感覚はエーテル感覚

*存在しているものをみようとする目、感じようとする目の感覚

*相手を感じられなくてさみしいと思う感覚

*通じ合いであり相手の中に入っていけるもの

*融合する感覚

*共感力

*小説をあたかも自分が登場人物のように感じながら読むこと

*日常感覚とは違う芸術的な集中力

*自分の内側と外側に橋をかけること
*感覚的知覚

*記憶のベースになっているもの

*熱

*キリスト

*言葉にならないもの

*肉体という物質をこの世にとどめている元になってるもの

*『霊的である』という概念の最初にあるもの
*相手の中にかけがえのなさを感じること

*だれのなかにもあるけれど意識して磨こうと思うことで研ぎ澄まされていくもの

 

 

 

 

ふむ

 

 

 

 

相手が話すことを自分が話すように聞く

自分が話すことを相手が話すように話す

 

これが自分の心の中の『内』と外の世界に橋をかけること

 

 

 

そしてゲーテの言葉を

 

 

相手のネガティブなものもポジティブに取れることを

愛しているという

 

 

 

今日の宿題は

 

 

 

自分のエーテル体を意識してみる毎日を

 

 

 

 

 

 

 

 

文章は

感情が入っているかどうかだけが

大切なことなのだと

先生がおっしゃいました

 

 

 

ここはわたしが

自分と自分に橋をかけている場所であり

客体化した自分と思いを共有している

 

 

つまりエーテルにつつまれているところ

 

 

魔法の絨毯にのるということは

今とても大切なことだとおもっています

 

 

 

 

 

身体の感覚、心と話す

最近早寝早起きになりつつあります

おかげで睡眠時間が長い

 

 

 

あ!!!!

春眠だからか!!!

 

 

 

書いて気づいた!!笑

 

 

 

おかげでよく眠れます

早く寝すぎて暗いうちにおきます

 

これを書いてる今もう眠いです

 

 

 

その眠いというものもそうですが

身体の感覚をどこまで認識して暮らしているでしょうか

 

 

最近世間の流れにイマイチついていけていない気がして

そんなときは自分のナカミだ!ということで

なるべく身体と向き合うことをしています

 

 

たとえばお茶を飲んだとき

あたたかい感触が口から食道を伝い

胃に入りじわーーーっとあたたかくなる感覚

 

身体のどこかがつっぱって痛いなと思う感覚

 

それを調整するために

身体を動かすと伸びたり縮んだりしてバランスが取れる感覚

 

ヨガの太陽礼拝をじっくりゆっくりすることで

身体が世界に馴染んでいく感覚

 

 

 

書いているとフツーのことですが

実際にフォーカスアップすると

物質としての身体が

どれだけ優れたものなのか

そしていろんなことが協力しあって今このときを過ごしているのか

みたいなことが

なんだか愛おしくなります

 

 

 

 

これもまた小さいけれど確かな幸せですね

 

でもとても大切なこと

 

 

 

 

 

 

そして

心と話す

ということをしています

 

心と話すというのは

カウンセラーの大嶋信頼さんというかたのブログで読ませていただいて

ふむふむと実行していることなのですが

なかなか大変優れものです

 

回り道もいいかも! | 変われない人たち

 

この方のブログは常に優しいので大好きです

 

 

 

 

タイミングを見計らって

心はすごいことをたくさん教えてくれます

 

 

心と話すというのは

アルケミストでサンチャゴもしていたことです

 

アルケミスト―夢を旅した少年 (角川文庫―角川文庫ソフィア)

アルケミスト―夢を旅した少年 (角川文庫―角川文庫ソフィア)

 

 

 

 

『心よ』

とはなしかけると

『あいよッ!』って答えます

ウチの心

 

 

ある日ふと気づいて

心はインナーセルフかときいてみたところ

 

瞬時にそうだと心が答えました

 

 

心を話すということは

インナーセルフと繋がるということでもあるみたいです

 

 

 

スピ系で言うでしょうそういうこと

 

はて?って思っていたけどとても簡単なことでした

 

 

 

そして心(=インナーセルフ)はいつも一番近くに居ると言ってくれています

それがどれだけ自分を支える手立てになるか

孤独を感じずにすむか

 

 

 

もし困っていたらやってみてください

 

 

 

あなたの1日が終わるとき

暖かくて幸せでありますように

 

あなたの明日が

穏やかで充実していますように

 

 

 

 

 

よい夢を

 

 

 

 

 

 

 

 

邪の道から

春うららのおだやかな1日でした

陽の光があたたかいというのは

なんとも素敵なことですね♪

 

 

ホーリーバジルとレモンバジルの種を自家採種した分をきれいにして

ホワイトセージの種も冷蔵庫に入れてスタンバイしているし

セージも接ぎ木しているし

花壇の材料もそろっているし

物置温室化の手配も済み

来週の新月種まきの準備も順調にあらから終わりまして

今年はさらに魔法ハーブの庭の充実をはかるのです!!!

 

 

一年中で最大のイベントといっても過言ではなくなっている種まき♪

 

しかも今回はおひつじ座の新月ですからね!

 

気合いが入ります!!!

 

 

ウチの仲間たちは

それらのハーブはじめ植物たち

モモンガ

そして金魚が2匹

名前は『月』と『いちご』

あだ名は『満月』と『あまおう』

。。。。

はい

ふっくらしているのですね 笑

 

 

先日引越しのタイミングで

テネモス研究所のマナウォーターをとりつけまして

毎日美味しいお水が水道の蛇口をひねると勢い良く出てくるという

それは大変幸せな毎日です

 

 

水道水が湧き水のようになる

ということなので

金魚たちの水にもマナウォーターを置き水して使っていました

 

でも先日水換えをするのに

ちょっと時間がなかったから汲みたての水を使ってしまったのです

新しいバケツの水の中に2匹を入れてちょっと目を離したら

なんとかわいい月ちゃんがよじれて動かなくなっていました

 

 

ものすごいびっくりしつつも

カルキ抜きの薬品を投入して

でもダメで

以前どこかで見た

古い水を入れると生き返るっていうのを勢い良く思い出し

金魚鉢の底にのこった濁った水を数滴そして入れていた水草を投げ込んだら

無事に月ちゃんが復活しました!!!!

 

 

その展開の速さと綺麗な水がもたらした惨事に驚きつつ

びっくりすると不思議な冷静さを発揮するので

その後フツーに金魚鉢を洗って2匹を戻して

今は元気にひらひらしています

 

 

 

 

仏教で蓮の花を神聖なものとしているのは

泥(煩悩)の中から美しい蓮の花(悟り)が花開くという意味があるからだったとおもうのだけれど

 

 

 

風の谷のナウシカの原作漫画では

最後7巻で

汚染された土地が腐海によって清浄になったあと

そこでは汚染されたこの人間は生きる事ができないので

清浄な土地で生きるためのおとなしい人間のたまごが用意されていました

それをナウシカがオーマとともに破壊するのだけれど

 

 

この

聖、善、正

みたいなものと

悪、邪、汚

みたいなものが

すべてそのままどっちが良くってどっちが悪いという

二元論では

はかれないことなのだと

 

なぜなら生きるということは

聖も邪も併せ持っているものだから

 

 

自分は悪だなと思うのです

その悪っぷりに自分で驚いたりします

なぜこうなるのかこんなことができるのか

その悪を平静と行動にだしてること

 

 

でも人間には驚くほどの叡智や尊さがつまっている

 

 

 

この深い泥の中に全て知っていて全て持っているその叡智を

いつか咲かせることができるのだろうか

 

 

咲かせたいと思ういつか

 

 

書いていてわかってきたなあとおもうことがあります

 

最近自分の本当に望むことがわからないっておもっていたのだけれど

 

 

わたしはこの悪の中から叡智の花を咲かせたい

 

 

なんとなくそんなようなことを望んでいるみたい

 

 

邪にも大切な役割があること

悪にまみれたこの世界から

この続きを考えてみたいとおもいます

 

 

 

 

追記

 

ここ2日眠るのが早すぎて

明け方ぱっちり目覚めると

空には細くなった月

 

そして遊ぼうと駆け寄ってくるモモンガ 笑

 

 

明け方の静かな月は

それは美しいものですね

 

 

それを見てモモンガをなでてまたふんわり少し眠るのは

悪ながらも小さいけれど確かな幸せです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと思ったことがだいたい全てかもね

好きなのみものは

シャンパン、ビール、レモンサワーです

このシュワっと三大巨塔に

最近サングリアが加わりました

甘夏とスパイスでサングリア用のシロップをつくって

そこに赤ワインをざくざくいれてのみます

最後にグラスの底に残った赤く染まったみかんの果肉がまたうまし!!!

 

 

 

 

平和ですねこの感じ

 

こういうちいさいけれど確かな幸せ

春樹的にいうと『小確幸

 

こういうの全てかもですね

 

 

 

 

 

 

仕事帰りのバスの中でふと思ったことがありました

 

*

わたしが生きてることに関して

他人からの評価や感想が欲しいんじゃあないなあ

 

自分が何をしたかを

わたしが納得できるかどうか

だけだな

*

 

ずっと

(人からの)評価がいい=(わたしの)収入がいい=(わたしの)存在価値がある

 

みたいに思うところにいて

人からの評価が自分のアイデンティティの基礎みたいになっていて

誰かがいいっていってくれるからこれはいいもの

自己満足は所詮アマチュア

食べていかれないものづくりはくだらないもの

評価されてるものをつくれているから価値のあるわたし

 

 

っていう

思い込み!のもと元気に暮らしてきてまして

 

 

でもしかし

そういう世界からドロップアウトして

今それを思い出すと

 

 

がんばったしよくやったわたしって思うんです

(自己満足?笑)

やってよかったしやめれてよかった

 

 

 

なぜそうおもえたかというと

 

その中で毎回

売れるか売れないかを考えない(考えられない)一瞬っていうのがあって

心底ものづくりに没頭して自分をしぼりあげて製作して

あとから上がってきた商品をみて

「はて?なぜわたしはこんなかわいいものをつくることが出来たのだろう!!!自分がつくったとは思えないぞ!!」

って思う瞬間があって

 

 

誰かが褒めてくれたから

とか

誰かが要らないこれは

とか

言ったからではなかった

そういうおもいを確かに積み上げてきたから続けてこれたのだと

 

 

  

でもね

やっている最中はその『やったーっ!!!』ていう思いに重心をおくことができなかった

人からの評価に目がいき

ずっと不安で恐怖の中にいたのです

追いかけられるように

休んではいけない

考えてはいけない

負けてはいけない

 

 

追い込んでいたのは自分ですね

 

 

 

 

今だからやっと

やってよかったしやめられてよかったって思うのです

 

 

 

これからは

その時その時で

『自分』が納得できるかどうか

っていう基準で見ることができると

それに基づいて次を考えていけると

生きることって随分たのしくなるんじゃあないかな

っておもいました

 

 

 

最後に後悔したくないから

ではない

 

 

今を全力で生きてる

 

 

でもついふわふわしてしまう

自分の中からすっと抜け出てしまうような感覚で

いろんなことを他人事みたいに感じることがある

 

 

 

大切なのは

自分の芯にいて

ここと自分とあちらとを

しっかり繋いでいる感覚ですね

 

 

 

 

そして最後にでてきたこと

 

 

人からの評価をあてにすることって

もしかしたら

人を大切にできていないことなのかもしれないね

 

だって

いい評価してくれる人は大切で

そうじゃない人はそうじゃあなくなるから

ただの都合のいい道具としてみているのでは?

*

 

 

 

自分に納得ができてはじめて

この人好き嫌いていう主観ではなくて

全ての人をフラットに大切に尊敬できるようになるのかもしれませんね

 

 

 

 

だいたい全てですね

 うん

 

 

 

 

 

今年の春分点は夕方の7時半くらいみたいです

 

明日の夕日とあさっての朝日をみにいこう