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善とは

それぞれにいろんな主義主張がある

それは生きている者の分だけの宇宙があるから当たり前のこと

いろんな宇宙とパラレルで存在している以上は

他の宇宙との接点は避けられない

接することで他の宇宙のルールがよいと思い共に進むこともある

他の宇宙の存在がどうしても許せないこともある

愛することも信じることも関心を持たないこともなんでも出来る

それは宇宙の主である自分が決めること

決める自由は皆が持っている

 

 

 

その中で『善』とは

二元論で話しはつかない時代になっているということはそれぞれ気づいている

水戸黄門的勧善懲悪はそろそろ通用しなくなっている

悪な越後屋だって切り口をかえればそうは見えないかもしれない

一概には言えないのがこの宇宙

 

 

 

その中で『善』とは

 

 

 

 

シュタイナーはこのように言っている

 

この世に存在したいと思っている力を「善」=生成

存在したいという意思を否定する力を「悪」=消滅
 
 
 
 
『大切なのは命とその命を生きようとするちから』
 
 
 
 
 

地震の後からずっと思っていたこと

『命の前にくるものは何一つない』

 

 
 
 
 

わたしが生きる宇宙においては

人はみな平等であり

同時に生きとし生けるものはみな平等 に存在している

全ての主張はパーソナルスペース内のみで振りかざされるものであり

そこから一歩出ればお互いを受け入れあい

それが無理ならばそっと離れればよい

世界はそもそもひとつでそれぞれの違いを認めあいながら助け合って生きたらよい

全ては『個にして全であり全にして個である』

存在するということは人の尊厳を尊重することであり

その根底には愛が存在しているということ

 

 

 

ISISなるものをつくり

憎しみをつくりだし

違いを認めないことで

更なる憎しみを産もうとする

 

 

 

憎しみの連鎖から脱することで叡智への道は開ける

 

 

 

叡智とは尊厳を尊重することなのだとおもった

 

 

 

そしてこのことは

 

 

 

わたしという宇宙が出来たときから存在するであろう

 

こころの奥底にある怒りや憎しみから

 

解放されるための

 

唯一無二の方法であること

 

 

 

 

 

 

この宇宙でそれが当たり前のことになるのならば

 

 

 

 

たくさんのその宇宙と出会い

それがあたりまえのルールになることだろう

そういうパラレルにわたしは生きる

 

 

わたしは叡智を求めつづける

 

 

 

 

 

 

 

 

陰極まって陽に転じる

わずかになった陽気が少しづつふくらむとき

いちばん暗い時間は現れる

闇の中で育った陽気は

ある日突然姿を現す

あたかもずっとそこに存在していたかのように

光を愛するように

育んだ闇を愛する

そして光と手を取り合い

わたしは前に進む